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「選択的人工妊娠中絶」とは|母体保護法と議論を整理

この記事でわかること

  • 「選択的人工妊娠中絶」という言葉が指す範囲と、法律用語ではないという整理
  • 日本で人工妊娠中絶が認められる母体保護法の要件・同意・時期
  • 刑法の堕胎罪と母体保護法の関係
  • 胎児の状態を理由とする中絶が、現行法でどう位置づけられているか
  • 規制強化を求める立場と、当事者の自己決定を尊重する立場の両論
  • 迷ったときに頼れる遺伝カウンセリングや公的な相談先

「選択的人工妊娠中絶」とは、出生前検査などで胎児の状態が分かったことを背景に語られる人工妊娠中絶を指す言葉で、法律上の正式な用語ではありません。この記事では、日本で人工妊娠中絶が認められる母体保護法の枠組みと、胎児の状態を理由とする中絶をめぐる複数の立場を整理します。どれかの結論を勧めることも、否定することもしません。妊娠や検査に関する判断は、必ず担当の医療機関にご相談ください。出生前検査そのものの全体像は、NIPTとは何かをまとめた解説もあわせてご覧ください。

「選択的人工妊娠中絶」とは何か(言葉の整理)

「選択的人工妊娠中絶」は、胎児の状態が判明したことを一つの背景として語られる中絶を指す言い方で、母体保護法や刑法に定められた正式な用語ではありません。日常やメディアでは、染色体疾患などが分かったあとの選択を語る文脈で使われます。ただし法律の条文には、この言葉そのものは登場しません。まずは言葉の輪郭を整理しておきましょう。

「人工妊娠中絶」の法律上の定義

法律上の人工妊娠中絶は、母体保護法の第2条で定義されています。条文では「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」とされています。ここでいう「時期」がのちの論点にもつながっていきます。条文そのものは、e-Govの母体保護法のページで確認できます。

「選択的」という言葉が指す範囲

「選択的」という言葉は、出生前検査で胎児の状態が分かった状況を念頭に置いて使われることが多い表現です。つまり、検査結果を一つのきっかけとして考えられる中絶を指す文脈です。この言葉は評価や善悪を含んだ用語ではなく、あくまで状況を説明するための言い回しにすぎません。言葉の重さに引きずられず、まずは制度の中身を落ち着いて見ていきます。

私は出生前検査に関する相談の記録に触れるたび、答えの出しにくい問いの前で立ち止まる方の多さを感じます。だからこそ、言葉の定義と法律の枠組みを、できるだけ静かに並べることを心がけました。

日本で人工妊娠中絶が認められる法的枠組み

日本では、母体保護法が定める要件を満たす場合に、指定医師が本人と配偶者の同意を得て人工妊娠中絶を行えます。母体保護法は、母性の生命健康を保護することを目的とした法律です。中絶が認められる条件や、実施できる人、同意のあり方が条文で定められています。順番に見ていきましょう。

認められる事由と同意・実施できる人

母体保護法が挙げる事由は、大きく二つです。一つは、妊娠の継続や分娩が身体的または経済的な理由で母体の健康を著しく害するおそれがある場合。もう一つは、暴行や脅迫などにより、本人が抵抗や拒絶をできない状態で性交され妊娠した場合です。実施できるのは、都道府県の医師会が指定する医師に限られます。

同意については、原則として本人と配偶者の両方が必要です。ただし配偶者が分からないときや、意思を表示できないとき、妊娠後に配偶者を亡くしたときなどは、本人の同意だけで足りると定められています。要件の全体像を、表にまとめます。

項目母体保護法での定め(要旨)
実施できる人都道府県の医師会が指定する医師(指定医師)
同意本人および配偶者の同意(配偶者が不明・意思表示できない等の場合は本人の同意のみ)
認められる事由①妊娠の継続・分娩が身体的または経済的理由で母体の健康を著しく害するおそれ
認められる事由②暴行・脅迫など、本人が抵抗・拒絶できない状態での性交により妊娠したとき
実施できる時期胎児が母体外で生命を保続できない時期(運用上は妊娠満22週未満が目安)

実施できる時期の考え方

時期については、条文が「母体外で生命を保続できない時期」と定めています。条文そのものに具体的な週数は書かれていません。現在の運用では、この時期の目安として「妊娠満22週未満」が用いられています。これは行政の通知に基づく運用であり、条文の文言とは区別して理解しておくとよいでしょう。最新の取り扱いは、厚生労働省などの公的情報でご確認ください。

刑法の堕胎罪との関係

日本の刑法には、堕胎に関する罪(堕胎罪)が定められています。一方で母体保護法は、その要件を満たす中絶について、指定医師が適法に行える道を定めています。両者は、原則としての規定と、それを満たす場合の例外的な取り扱いという関係にあります。つまり中絶は、無条件に自由でも、一律に禁止でもありません。要件を満たすかどうかで扱いが変わる領域です。

胎児の状態を理由とする中絶は現行法でどう位置づけられるか

現行の母体保護法は、胎児の状態そのものを、中絶が認められる直接の理由(適応事由)としては明記していません。法が挙げるのは、母体側の事由と、暴行等による妊娠です。胎児に疾患があること自体を独立した理由として並べてはいないのが、現行法の状況です。ここが「選択的人工妊娠中絶」をめぐる議論の出発点になっています。

出生前検査が広まり、胎児の状態が妊娠中に分かる場面が増えました。そのことが、現行の枠組みと現実とのあいだにある論点を、あらためて浮かび上がらせています。検査で何が分かり、何が分からないのかを先に知りたい方は、出生前診断でわかることの解説も参考になります。

歴史的な経緯と、優生思想への反省

母体保護法には前身があります。かつての優生保護法です。この法律の時代には、胎児の状態に関する条項(いわゆる胎児条項)を加えようとする動きがありました。しかし、障害のある人々を中心とする強い反対の声などもあり、条項の追加は実現しませんでした。歴史のなかで大きな議論があったという事実は、押さえておきたいところです。

その後、優生保護法は1996年に母体保護法へと改められ、優生思想に基づく規定は削除されました。特定の状態を「劣ったもの」として扱う発想は、明確に退けられたという経緯があります。この反省の歴史は、いまの議論を考えるうえでの土台になっています。命の受け止め方そのものを考えたい方は、出生前診断と命の選択についてもご覧ください。

規制や制度をめぐる複数の立場(両論併記)

この主題には、立場の異なる複数の考え方があり、そのいずれもが尊重される必要があります。ここでは、代表的な二つの視点を、優劣をつけずに並べます。どちらか一方を正解として示すものではありません。読み比べながら、ご自身の考えを整理する材料にしてください。

慎重な検討や規制を求める立場

一つ目は、胎児の生命をできる限り守り、慎重なルールを求める立場です。胎児の状態を理由に中絶が選ばれる状況が広がることへの懸念が語られます。とりわけ、特定の状態を「避けるべきもの」とみなす発想が、いま生きている障害のある人の尊厳を傷つけかねないという指摘は重く受け止められています。社会的な歯止めや相談体制を整えるべきだという意見が、ここに含まれます。

当事者の自己決定を尊重する立場

二つ目は、妊娠・出産を担う本人と家族の自己決定を尊重する立場です。妊娠を続けるかどうかは、身体的にも経済的にも心理的にも、本人と家族に大きく関わります。十分な情報と支援があるうえでの本人の判断は、外から一律に線を引くべきではないという考え方です。リプロダクティブ・ヘルス/ライツという言葉で語られることもあります。

立場を超えて共通して求められること

二つの立場は対立して見えます。それでも、共通して大切にされている点があります。正確な情報、安心して相談できる体制、そして障害のある子どもと家族を支える社会的な支援の充実です。論点を対比した表を、下に示します。

論点慎重・規制を求める立場からの視点自己決定を尊重する立場からの視点
生命の尊重胎児の生命をできる限り守りたい本人の生命・健康・人生も同じく重い
障害のある人の尊厳特定の状態を避けるべきとみなす発想への懸念障害のある人の尊厳と、個別の選択は分けて考える
意思決定社会的な歯止めやルールが要る十分な情報のもとでの本人・家族の判断を尊重
共通して必要なもの正確な情報・相談体制・支援制度の充実正確な情報・相談体制・支援制度の充実

私自身は、この主題に唯一の正解があるとは考えていません。だからこそ、どちらの立場にも耳を傾けられるよう、言葉を選びました。この記事は、特定の思想や政治的・宗教的な主張を推奨することも、否定することもしません。

世界にはさまざまな制度がある(概観)

人工妊娠中絶に関する制度は、国や地域によって大きく異なります。全面的に強く制限する国から、本人の意思を尊重して広く認める国まで、幅があります。宗教や文化、歴史的な背景の違いが、制度の形に反映されています。日本の枠組みを相対化して見るうえで、この多様さは一つの手がかりになります。

ここで大切なのは、各国の制度が時期によって変わりうるという点です。近年でも、制度を見直す動きが各地で報じられています。特定の国名や数値をここで断定的に挙げることは控えます。関心のある地域については、公的機関や一次情報にあたって、最新の状況を確かめてください。制度の比較は、あくまで自国を考えるための鏡として受け止めたいところです。

迷ったときの相談先

検査結果や選択に迷うときは、一人で抱え込まず、専門職に相談できます。出生前検査には、遺伝カウンセリングの体制が整った認証施設があります。中立の立場で情報を整理し、意思決定を支えてくれる場です。答えを決めてくれる場ではなく、材料をそろえて並べてくれる場だと考えてください。

遺伝カウンセリングでは、検査で分かること・分からないこと、結果の受け止め方、その後に考えられる選択肢までを、順を追って共有します。どんな相談ができるのかは、NIPTの遺伝カウンセリングの解説にまとめています。学術的な指針は、日本産科婦人科学会などの専門団体がとりまとめています。

迷いや不安は、小さなことでも口に出してかまいません。パートナーや家族と一緒に、専門職の力を借りながら、納得のいくまで問いを重ねてください。急いで結論を出す必要はありません。相談の入り口として、下のフォームもご利用いただけます。

よくある質問(FAQ)

「選択的人工妊娠中絶」をめぐって寄せられやすい疑問を、中立の立場で整理しました。法律や医療に関する具体的な判断は、必ず専門機関にご相談ください。

Q1. 「選択的人工妊娠中絶」は法律用語ですか?

いいえ。母体保護法や刑法に、この言葉そのものは定められていません。出生前検査で胎児の状態が分かった状況を背景に語られる中絶を指して、日常やメディアで使われる言い回しです。評価や善悪を含む用語ではなく、状況を説明するための表現だと整理してください。

Q2. 日本では人工妊娠中絶はどんな場合に認められますか?

母体保護法は、妊娠の継続や分娩が身体的・経済的理由で母体の健康を著しく害するおそれがある場合と、暴行や脅迫などによる妊娠の場合を挙げています。実施できるのは都道府県の医師会が指定する医師で、原則として本人と配偶者の同意が必要です。詳しくはe-Govの条文や公的情報をご確認ください。

Q3. 胎児に疾患があることは、中絶が認められる直接の理由になりますか?

現行の母体保護法は、胎児の状態そのものを直接の適応事由としては明記していません。法が挙げるのは母体側の事由などです。この点をめぐっては立場の異なる議論があり、規制の強化を求める声も、当事者の自己決定を尊重する声もあります。本記事は、そのいずれも推奨も否定もしていません。

Q4. 人工妊娠中絶が受けられる時期はいつまでですか?

母体保護法の条文は「母体外で生命を保続できない時期」と定め、具体的な週数は書かれていません。現在の運用では、その目安として妊娠満22週未満が用いられています。これは行政の通知に基づく運用です。取り扱いは変わることがあるため、最新情報は厚生労働省などの公的機関でご確認ください。

Q5. 出生前検査の結果で悩んだら、どこに相談できますか?

遺伝カウンセリングの体制が整った認証施設に相談できます。臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーといった専門職が、中立の立場で情報を整理し、意思決定を支えます。一人で抱え込まず、パートナーや家族とともに、納得できるまで相談を重ねてください。

Q6. この記事は中絶を勧めたり反対したりしていますか?

いいえ。この記事は、法制度と議論を中立に整理することを目的としています。特定の思想や、政治的・宗教的な主張に肩入れすることはありません。妊婦さん、ご家族、障害のある当事者、いずれの尊厳も守られるべきだという前提に立っています。

まとめ

「選択的人工妊娠中絶」は、胎児の状態が分かった状況を背景に語られる中絶を指す言葉で、法律上の正式な用語ではありません。日本では母体保護法が、母体側の事由などを満たす場合に、指定医師による中絶を本人と配偶者の同意のもとで認めています。胎児の状態そのものは、現行法では直接の適応事由として明記されていません。この論点には、規制の強化を求める立場と、当事者の自己決定を尊重する立場があり、いずれも尊重される必要があります。結論を急がず、正確な情報と相談体制を頼りにしてください。迷ったときは、遺伝カウンセリングのような中立の相談の場が、あなたと家族の意思決定を静かに支えてくれます。

監修:岡 博史(おか ひろし)(ヒロクリニック統括院長/医学博士)

資格:日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会産業医/CAPラボディレクター/東京衛生検査所 指導監督医

所属:医療法人社団福美会 理事

略歴:1996年 慶應義塾大学医学部 卒業/2004年 慶應義塾大学 医学博士号 取得/2005年 慶應義塾大学 皮膚科学教室 助手/2008年 ヒロ皮フ形成クリニック 開業/2009年 医療法人社団福美会 理事長/2015年 医療法人社団福美会 理事

担当分野:皮膚疾患・皮膚外科・医療情報全般の監修統括

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