卵巣過剰刺激症候群とは
この記事の概要
卵巣過剰刺激症候群(Ovarian Hyperstimulation Syndrome, OHSS)は、排卵誘発剤や体外受精(IVF)などの不妊治療において、卵巣が過剰に反応し、異常に腫れたり、多数の卵胞が形成され、体液が腹腔や胸腔に漏れ出すことがある状態を指します。OHSSは、軽度から重度までさまざまな程度があり、重症の場合には入院が必要となることもあります。特にhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の使用後に卵巣が過剰に反応することが主な原因です。
1. 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の症状
OHSSの症状は、軽症、中等症、重症に分類されます。
軽症
- 腹部の膨満感
- 軽い腹痛
- 吐き気
中等症
- 腹部膨満感の悪化
- 卵巣の腫大(超音波で確認)
- 体重増加
重症
- 腹水や胸水の貯留:体液が腹腔や胸腔に漏れ出し、呼吸困難を引き起こすことがあります。
- 著しい体重増加(1日に3キロ以上)
- 腎機能障害:尿量の減少や脱水症状がみられることがあります。
- 血栓症のリスク増加:血液が濃縮され、血栓ができやすくなります。
2. 卵巣過剰刺激症候群の原因
OHSSは、排卵誘発に使用される薬物に対して卵巣が過敏に反応することが主な原因です。
主な薬剤
- ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)
- hCGは、排卵を誘発するために使用されるホルモンですが、これが卵巣に過剰に刺激を与えると、OHSSが発症することがあります。hCGは卵巣内で血管透過性を増大させ、血漿が血管外に漏れ出しやすくなるため、腹水や胸水が貯留します。
- ゴナドトロピン(FSH、LH)
- 排卵誘発剤として使用されるFSHやLHも、卵巣を過剰に刺激することで、OHSSの発症リスクを高めます。
- クエン酸クロミフェン
- 排卵誘発剤として使用されるクロミフェンも、稀にOHSSの発症リスクを高めることがありますが、hCGやゴナドトロピンに比べるとリスクは低いです。
3. 遺伝的要因
OHSSの発症には、遺伝的要因も関与していると考えられています。一部の女性は、ゴナドトロピンに対して過敏に反応しやすい遺伝的な素因を持っており、これによりOHSSのリスクが高まる可能性があります。以下は、OHSSに関連する遺伝子についての説明です。
3.1 FSH受容体(FSHR)遺伝子
FSHR遺伝子は、卵胞刺激ホルモン受容体(FSHR)をコードする遺伝子で、卵巣内の卵胞がFSHに反応するために必要です。FSHRは、FSHが卵胞に結合して卵胞の発育を促進する受容体です。この遺伝子の特定の変異がOHSSの発症リスクに関与していることが示されています。
- FSHR遺伝子の多型(特にAsn680Ser多型)が、ゴナドトロピンに対する卵巣の反応性を高めることが知られています。この遺伝子多型を持つ女性では、卵巣がFSHに過剰に反応しやすくなり、OHSSのリスクが高まります。
3.2 VEGF遺伝子(血管内皮増殖因子)
VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor)遺伝子は、血管内皮増殖因子をコードしており、卵巣内の血管透過性を調節します。OHSSでは、血管透過性が増加し、体液が血管外に漏れ出すため、腹水や胸水が貯留します。VEGF遺伝子の異常な発現は、この血管透過性の増大に関与し、OHSSの発症に寄与していると考えられています。
- VEGFの過剰発現や、VEGFシグナル伝達に関連する遺伝子の異常が、OHSSの発症リスクを高める可能性があります。VEGFレベルの上昇は、卵巣刺激中に血管の漏れを促進し、体液貯留を引き起こします。
3.3 LH受容体(LHCGR)遺伝子
LHCGR遺伝子は、黄体形成ホルモン受容体(LHCGR)をコードしており、hCGやLHに対する反応性を調節しています。この遺伝子に変異があると、hCGやLHに対して過剰に反応するため、卵巣が異常に刺激され、OHSSのリスクが高まることが報告されています。
- 一部の研究では、LHCGR遺伝子多型がhCGやLHに対する反応性を高め、OHSSのリスクを増加させることが示唆されています。
4. リスク因子
遺伝的な素因に加えて、OHSSの発症リスクを高める要因には以下のものがあります。
- 若年女性:若い女性は卵巣の感受性が高く、OHSSのリスクが上昇します。
- 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS):PCOSの女性は、排卵誘発剤に対して卵巣が過剰に反応しやすく、OHSSのリスクが高くなります。
- hCGの使用:排卵を誘発するためにhCGを使用すると、OHSSのリスクが増加します。
- 高用量のゴナドトロピン:排卵誘発剤の用量が多い場合、卵巣が過剰に反応しやすくなります。
5. 予防
OHSSの予防には、リスクを低減するための治療計画が重要です。以下の方法が一般的に推奨されます。
- 低用量のゴナドトロピン:排卵誘発剤の使用量を調整し、低用量での治療を行うことでリスクを抑えることができます。
- GnRHアゴニストの使用:hCGの代わりにGnRHアゴニストを使用することで、OHSSの発症リスクを軽減できます。
- 超音波やホルモンレベルのモニタリング:卵巣の反応を定期的に超音波や血中ホルモンレベルでモニタリングし、早期に対応することが重要です。
- 凍結胚移植:OHSSのリスクが高い患者には、胚を凍結して後日移植する方法も取られます。
6. 治療
OHSSが発症した場合、治療の主な目的は症状の緩和と合併症の予防です。
軽症から中等症
- 水分補給と安静:水分を十分に摂取し、安静にすることで症状の進行を防ぐことができます。
重症
- 入院管理:重症の場合、入院
が必要です。腹水や胸水のドレナージ(排液)や、血栓症予防のための抗凝固療法が行われます。
- 点滴による水分補給:脱水症状を防ぐために、点滴で水分と電解質の補充が行われます。
まとめ
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は、不妊治療における排卵誘発剤の使用によって卵巣が過剰に反応し、腹水や胸水が貯留する状態です。FSHR遺伝子やVEGF遺伝子、LHCGR遺伝子などの遺伝子変異がOHSSの発症リスクを高めることが示唆されています。治療は症状の重症度に応じて行われ、予防には低用量のゴナドトロピン使用やGnRHアゴニストの使用が推奨されます。