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日本人の祖先とは|DNAでみる起源と縄文・弥生の諸説

この記事でわかること

  • 日本人の祖先は複数の集団が混じり合ったと考えられていること
  • 縄文人と弥生系渡来人の「二重構造説」という古典的な仮説
  • 近年提唱される「三重構造説」など研究の進展(研究段階・諸説あり)
  • mtDNAやY染色体ハプログループでみた日本列島の特徴
  • 集団遺伝でわかることと、個人や優劣は決められないという線引き
  • 母系・父系・全体を調べる各解析の使い分けの考え方

日本人の祖先は、単一の集団ではなく、縄文人と弥生系の渡来人など複数の集団が長い時間をかけて混じり合って形づくられたと考えられています。ただし日本人の起源は今も研究が進む分野であり、二重構造説や三重構造説など複数の仮説が並び立っています。この記事では、DNA研究からみた日本人の起源を、諸説をふまえて中立に整理します。断定を避け、わかっていることと研究段階のことを分けて解説していきます。

日本人の祖先とは|複数の集団が混じり合った成り立ち

日本人の祖先は、ひとつの民族に由来するのではなく、時代を追って渡来した複数の集団が交わってできあがったと考えられています。この見方は、考古学・人類学・遺伝学それぞれの研究が重なって形づくられてきました。

骨や土器などの遺物を調べる考古学、体の特徴をたどる人類学、そしてDNAを読む遺伝学。この3つの視点が重なって、日本列島に暮らしてきた人々の来歴が少しずつ描き出されてきました。とはいえ、まだ結論が出そろったわけではありません。研究が進むほど新しい問いが生まれる、動きの速い領域だと考えてください。

だからこの記事では、「これが正解」と言い切る書き方をあえて避けます。有力とされる仮説を紹介しつつ、どこまでが推定なのかを添えて進めます。自分のルーツをDNAから探る検査の全体像は、祖先遺伝子検査の総論を解説した記事にまとめています。

縄文人と弥生系渡来人|二重構造説という古典的な仮説

日本人の成り立ちを説明する古典的な仮説が、先住の縄文人と大陸から渡ってきた弥生系集団の混血でとらえる「二重構造説」です。長く教科書的に語られてきた考え方であり、今も議論の出発点になっています。

この説は、大きく2つの集団を想定します。まず、旧石器時代から日本列島に暮らしていたとされる縄文人。次に、稲作などの文化とともに大陸方面から渡ってきたとされる弥生系の人々です。両者が交わり、その後の日本列島の集団のもとになったと考えます。まずは両者の特徴を表で見比べてください。

集団およその時期(概数)暮らし方とされる特徴由来とされる方面
縄文人約1万数千年前〜紀元前数世紀ごろ狩猟・採集・漁労を中心とした暮らし東アジアに古くから広がった集団の一部とされる
弥生系渡来人紀元前数世紀ごろ〜(弥生時代以降)稲作など農耕を伴う暮らし大陸・朝鮮半島方面からの渡来とされる

縄文人|列島に古くから暮らした人々

縄文人は、狩猟・採集・漁労を営みながら、独自の縄文文化を育てたとされる人々です。年代は研究によって幅がありますが、およそ1万数千年前から紀元前数世紀ごろまでを縄文時代と呼ぶのが一般的です。細かな年代は概数として受け止めてください。

遺伝的には、後から渡来した集団とは異なる特徴を持っていたと考えられています。ただ「縄文人」という一語も、実際には地域や時代で幅のある集団をまとめた呼び方。ひとかたまりの均質な人々を指すわけではない、という点はおさえておきたいところです。

弥生系渡来人|農耕とともに渡ってきた集団

弥生系渡来人は、稲作をはじめとする農耕文化とともに、大陸・朝鮮半島方面から日本列島へ渡ってきたとされる集団です。弥生時代以降、在来の縄文系の人々と交わりながら、列島各地に広がっていったと考えられています。

現代の本土の人々に含まれる縄文由来の要素は、研究によって見積もりが分かれます。おおよそ1〜2割程度とする推定もありますが、地域差や解析手法による幅が大きく、確定した数字ではありません。数値は「そのくらいとされる」程度に読んでください。混血がどの地域で、どの速さで進んだかも、なお検討が続くテーマです。

三重構造説など研究の進展|諸説と最新の議論

近年は、二重構造説を更新する形で、古墳時代以降の集団も重視する「三重構造説」などが提唱されています。ただしこれは研究段階の議論であり、定説として確定したわけではありません。

古いゲノムを読む技術が進み、昔の人骨からDNAを取り出して解析できるようになりました。その成果として、縄文系と弥生系の2集団だけでは説明しにくい遺伝的な要素が見つかった、という報告が出ています。そこで、古墳時代ごろに加わった別の東アジア系集団を3つ目の柱として想定する見方が示されました。これが三重構造説と呼ばれる考え方です。

私は新しい研究を読むたびに、日本人の起源像が一枚の完成図ではなく、描き足しの続く下絵なのだと感じます。二重構造か三重構造か、どちらか一方が全面的に正しいという話ではありません。新しいデータが出れば、モデルはさらに書き換わりうる。そう身構えておくのが、この分野との健全な付き合い方だと思います。

こうした研究の背景や展示にふれたいときは、国立科学博物館や、遺伝研究の基礎を担う国立遺伝学研究所の情報も参考になります。一次的な研究に近い立場の発信を確かめると、諸説の位置づけがつかみやすくなります。

ハプログループでみる日本列島の特徴|mtDNAとY染色体

mtDNAとY染色体のハプログループの分布から、日本列島の集団にはいくつかの特徴があるとされていますが、いずれも集団の傾向をとらえた推定です。母系と父系、それぞれ別の系統をたどる指標として使われます。

ハプログループとは、共通の祖先から枝分かれした系統のまとまりを指す言葉です。母から子へ伝わるミトコンドリアDNA(mtDNA)は母系を、父から息子へ伝わるY染色体は父系をたどるのに向きます。次の表で、2つの指標の役割を整理します。

指標たどる系統受け継ぎ方日本列島でみられるとされる特徴
mtDNA母系のみ母から子へ複数の系統が混在するとされる
Y染色体父系のみ父から息子へD系統が比較的高い頻度でみられるとされる

母系(mtDNA)でみた特徴

母系をたどるmtDNAでは、日本列島の集団に複数の系統が混ざり合ってみられるとされています。縄文系と結びつけて語られる系統もあれば、大陸に広く分布する系統もあり、由来の多様さがうかがえます。母系をどうたどるのかという仕組みは、ミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の記事でくわしく解説しています。

母系をずっとさかのぼると、人類全体の母系の共通祖先という考え方にたどりつきます。よく知られる「ミトコンドリア・イブ」という呼び名の意味と、そこに生じやすい誤解は、ミトコンドリア・イブとは何かを解説した記事で整理しました。

父系(Y染色体)でみた特徴

父系をたどるY染色体では、日本列島でD系統が比較的高い頻度でみられるとされる点がよく話題になります。この系統は周辺の東アジア地域では目立ちにくいとされ、そこから縄文系との関わりが議論されてきました。ただし、これも頻度の傾向をとらえた推定であり、断定はできません。

父系がどのように受け継がれ、Y染色体から何がわかるのかは、Y染色体解析の記事にまとめています。ハプログループの分類や命名の背景は、日本人類遺伝学会のような専門学会の情報も手がかりになります。

集団遺伝でわかること・わからないこと|個人や優劣は決められない

集団遺伝の研究でわかるのは集団全体のおおまかな傾向であり、個人のルーツを言い当てたり、民族の優劣を決めたりできるものではありません。ここは、起源の話を扱ううえで最も大切な線引きです。

ハプログループや由来の割合は、あくまで多くのサンプルを束ねた「集団の平均像」です。ある人がどの系統を持つかは、その人一人の来歴のごく一部を示すにすぎません。系統が同じでも、それは遠い時代に共通の祖先がいたことを示すだけ。近い血縁や、その人の性質を意味するわけではないのです。

そして何より、遺伝的な由来を優劣や「純血」で語るのは適切ではありません。日本列島には、アイヌの人々、琉球の人々、本土の人々をはじめ、多様な背景があります。どの集団も長い交わりの結果であり、固定的なステレオタイプで一括りにはできません。祖先の話は、多様さを尊重する姿勢とともに扱うべきテーマです。

私は検査データにふれる立場から、「起源=優劣」という短絡だけは避けたいと考えています。DNAが教えてくれるのは、人類がどれほど混じり合って今に至ったかという事実。むしろ多様さの証しとして受け止めるのが、正しい読み方だと感じています。

自分のルーツをDNAから知りたいときは|HUMEDITの検査体制

自分の系統や祖先の傾向をDNAから探りたいときは、目的に合った解析を選ぶことが結果の読み解きを左右します。母系を知りたいのか、父系なのか、全体像なのかで、使う手法が変わってきます。

母系はmtDNA、父系はY染色体、家系全体の広がりは父母双方から受け継ぐ常染色体の解析が向きます。祖先を立体的にとらえるには、これらを目的に応じて組み合わせる考え方が基本です。どの検査が合うか迷ったら、まず相談してください。

HUMEDITは登録衛生検査所を自社で運営し、遺伝子やDNAの一次データを扱う立場から情報を発信しています。検査の企画・受託の考え方はHUMEDITの事業案内、遺伝子検査事業の詳細は遺伝子検査事業のご案内にまとめました。用途を聞いたうえで、必要な手法と進め方をご案内します。

よくある質問(FAQ)

Q1. 日本人の祖先は結局どこから来たのですか?

ひとつの起源に絞ることはできません。先住の縄文系と、大陸方面から渡来した弥生系など、複数の集団が長い時間をかけて混じり合ったと考えられています。近年は古墳時代以降の集団も加える三重構造説なども提唱されており、研究段階の議論が続いています。確定した唯一の答えがある分野ではない、と受け止めてください。

Q2. 二重構造説と三重構造説はどちらが正しいのですか?

どちらか一方だけが正しいと決められる段階ではありません。二重構造説は縄文系と弥生系の2集団で説明する古典的な仮説、三重構造説はそこに古墳時代以降の集団を加える近年の見方です。新しいゲノム研究が進むなかで更新が続いており、いずれも「有力な仮説」として理解するのが適切です。

Q3. 縄文由来の遺伝子は日本人にどのくらい残っていますか?

研究によって見積もりが分かれます。本土の人々でおおよそ1〜2割程度とする推定もありますが、地域差や解析手法による幅が大きく、確定した数字ではありません。数値は概数として、「そのくらいとされる」程度に読んでください。アイヌや琉球の人々では傾向が異なるとされる点にも注意が必要です。

Q4. Y染色体のD系統が多いと聞きましたが本当ですか?

日本列島ではD系統が比較的高い頻度でみられるとされ、周辺の東アジア地域では目立ちにくいと語られてきました。ただし、これは集団の頻度の傾向をとらえた推定です。個人の系統がD系統だからといって、特定の祖先や性質を断定できるわけではありません。あくまで集団レベルの話として捉えてください。

Q5. DNAで自分の祖先やルーツを完全に特定できますか?

完全な特定はできません。mtDNAは母系、Y染色体は父系という一本の系統しかたどれず、常染色体の解析でも示せるのは傾向の推定までです。わかるのは「どの系統の傾向を持つか」であり、家系図そのものを言い当てるものではありません。結果は現時点の推定として、限界も含めて受け止めてください。

Q6. 祖先の由来で人の優劣は決まりますか?

決まりません。遺伝的な由来を優劣や純血で語るのは科学的にも適切ではなく、差別につながる考え方です。日本列島の集団はどれも長い交わりの結果であり、多様さそのものが特徴です。祖先の情報は、優劣の物差しではなく、人類がどう混じり合ってきたかを知る手がかりとして扱ってください。

まとめ

日本人の祖先は、先住の縄文系と大陸から渡来した弥生系など、複数の集団が長い時間をかけて混じり合って形づくられたと考えられています。これを説明する古典的な仮説が縄文人と弥生系の二重構造説、近年はそこに古墳時代以降の集団を加える三重構造説なども提唱されており、いずれも研究段階の議論です。mtDNAやY染色体のハプログループからは、D系統が比較的多いとされるなどの特徴が語られますが、どれも集団の傾向をとらえた推定にすぎません。大切なのは、集団遺伝でわかるのは全体の傾向であって、個人のルーツや民族の優劣を決めるものではないという線引きです。母系はmtDNA解析、父系はY染色体解析、全体像は祖先遺伝子検査と、目的に合わせて使い分けてください。

監修:岡 博史(おか ひろし)(ヒロクリニック統括院長/医学博士)

資格:日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会産業医/CAPラボディレクター/東京衛生検査所 指導監督医

所属:医療法人社団福美会 理事

略歴:1996年 慶應義塾大学医学部 卒業/2004年 慶應義塾大学 医学博士号 取得/2005年 慶應義塾大学 皮膚科学教室 助手/2008年 ヒロ皮フ形成クリニック 開業/2009年 医療法人社団福美会 理事長/2015年 医療法人社団福美会 理事

担当分野:皮膚疾患・皮膚外科・医療情報全般の監修統括

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